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2017年 09月 24日
埼玉近代美術館にて「駒井哲郎 夢の散策者」を見る。浮世絵から創作版画、月映、長谷川潔、日本の版画芸術は独自の豊かな水脈を持っているように思うのだけど。駒井哲郎はやはり素晴らしかった。 作品の静かな詩情の背後には時折暗く烈しいものを感じる。ほとんどの作品は小さく、手のひらに収まるくらいのものも多い、片隅の暗がりの向こうに作者だけが立つ幻想の世界があるように感じられた。誰だってそんな所があるんだろうけど、自分が自分をなんとか全うしようとするのに必要な場所や時間があって。一人きりでそれを培う人が居るのだと思う。駒井哲郎には版画と向き合う時間と場所があって、幻想と交信することが必要だったんだろうと想像する。 すぐには言葉には上がってこない深度の所で共感することが普遍ということなのかも知れないし、それが水面上に見えたとして、必ずしも言葉に変換しなくても行動として反映させる、モノを作るのが好きな人はそういう事でも良いんじゃないかなぁという気がした。もちろん、言葉として置くことも表現なのだから意義あることだと思う。 展示の最後にはプレス機も置いてあって、素直にときめいてしまう。色々な部品が組む合わさってある力を生み出す機械に感じるロマンというのかな、映写機や機関室に感じるあのスケール感。大きな船の舵のようなハンドルを回しながら、あの繊細な作品が生まれて来たのかと想像を掻立てる。 安東次男との共作の詩画集の善し悪しは、僕には理解が出来なかったけど。「からんどりえ」というタイトル(フランス語でCALENDRIER暦の意味)や詩画集という形式には魅力を感じたな。
by nyazin
| 2017-09-24 14:48
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